『一路』浅田次郎[著](中央公論新社)2014年08月02日

参勤交代の責任者である供頭を勤める父親の急死でいきなり参勤道中の全てを差配しなくてはならなくなった18歳の若侍。
小説家というものは面白いことを考え付くものだ。
美濃の田名部という架空の藩から江戸への参勤道中の大冒険に、お家騒動なども絡めて一気に読ませる。
ユーモアもたっぷりだ。
またほとんどが僕自身が実際に歩いた中山道が舞台なので、その点でも実に興味深く読めた。
ただ江戸期の倫理観を強調し過ぎるのが後半に進むにつれてやや鼻に付くきらいはある。

仙台城2014年06月18日

仙台城本丸の高石垣
家族3人で仙台にやって来た。
高速バスできのうの朝仙台に到着し、そのまま七北田公園や仙台市科学館で娘を遊ばせた。
そして今日はいよいよ仙台城だ。
言わずと知れた独眼竜・伊達政宗の城である。

幼くして片目を失い、長じては父・輝宗を眼前で殺され(殺し?)、実弟を斬殺し、母親には毒を盛られる。
そんな凄まじい前半生を生きた政宗が関が原の後、封じられた仙台の地に築いた城が仙台城だ。

市内の観光名所を巡る循環バス「るーぷる仙台」でまずは瑞鳳殿へ。
ここは藩祖政宗に始まる伊達三代の墓所だ。

瑞鵬殿への石段 バスを降りるといきなり石段が続く。
5歳の娘にはきついかなと思ったが本人至って平気に歩いている。
東海道でさんざん鍛えられた成果か。

瑞鵬殿 政宗の霊廟は日光東照宮を思わせる極彩色だ。
派手好きな政宗らしいが、東照宮と同様に山中の自然と調和しているとは言い難い。
この建物は戦災で消失した後、1979年に再建されたものだ。
大河ドラマ『独眼竜政宗』では晩年の政宗が見晴らしのいい場所を選んで自らの墓所とする場面があったように記憶するが、実際に来て見ると樹木が生い茂って眺望はほとんど開けなかった。

すぐ脇の資料館で軽く勉強してバス停に戻ろうとした時、想定外のことが起こった。
館内のテレビでは政宗の生涯や瑞鵬殿の発掘調査を説明するビデオが上映されているのだが、それに娘が見入っているのだ。
いつもは『プリキュア』とか『アイカツ』を見て喜んでいるくせに、なぜか大人向けの真面目なビデオを背筋を伸ばして見ていて、そろそろ行くよと言ってもこれを見ると言って聞かない。

バスの時間を考えるとすぐに出たいのだが、折角の子供の好奇心を無駄にするのも忍びないので終わるまで待ってあげた。
その後でバス停に行くと案の定バスは今出たところ。
次のバスまでには30分もあるのでバスは諦めて仙台城まで歩くことにした。

大手口土塀 いかにも城下町らしい地名の大手町を抜け、広瀬川にかかる大橋を渡るとそこが片倉小十郎屋敷跡。
このまま本丸まで進もうかと思ったが、娘がお腹が空いたというので三の丸跡にある仙台市博物館内のレストランで昼食を取り(博物館の見学はしなかった)、三の丸を出てゆるい坂道を登る。
右手石垣上の土塀は仙台城で唯一現存する建物だ。

大手隅櫓 大手門跡には昭和40年に木造モルタル漆喰仕上げで再建された脇櫓が建っている。
その脇を通って山道を登る。
山道とは言っても大型観光バスが通れるようにアスファルトで舗装してある。

中門跡 いくつかの門の跡を通る。
枡形の跡がアスファルトの道筋にはっきりと残っている。

そして本丸の高石垣が現れる。
高さ17m、切石整層積みという工法の石垣は迫力たっぷりだ。

本丸跡 さらに坂を上り、複雑に屈曲する詰門跡を抜けると本丸に出る。
ここは山の上の見晴らしのいい広場のようになっている。
老人介護施設の定番散歩コースでもあるらしく、それらしきワゴン車と老人グループが多く見られた。

本丸からの景観 本丸に仙台城見聞館という無料のガイダンス施設があったので入ってみた。
じつはまだ仙台城の縄張り図的な物が手に入ってなかったのでそれを期待したのだが、リーフレットに縄張り図と航空写真が載ってはいたが、小さ過ぎて縄張り図の文字が潰れてしまっている。
これでは使い物にならない。

仙台城を歩くと現地の解説版は大変充実している。
立体模型(仙台市博物館所蔵か)の写真に現在地の印が付いていて位置関係も一目瞭然だ。
しかしお城ファンはそういう物を持って歩きたいのだ。
持って歩いて今自分が立っている所、目に見えている物を手元で確認したいのだ。
本丸を歩いていると『仙台城下絵図』という畳四畳半くらいありそうなレリーフがある。
これを手に持って本丸から仙台城下を眺めればさぞ面白いだろうに・・・。

政宗像 そんな不満を抱きながら有名な政宗像を眺め、本丸を後にした。
現在お城は東日本大震災による被害の修復工事が至る所で行われているので見られない部分も多々あった。
工事が終わる頃にまた来たいものだ。
今度は予め自分で縄張りの載っている本を用意して行こう。

遺構残存度3圧巻の高石垣。戦災による建物消失が惜しまれる
歴史的重要度3独眼竜の城
景観4本丸からの城下の眺め
案内充実度3持ち歩けるマップが欲しい

『家(上・下)』島崎藤村[著](新潮文庫)2014年05月22日

藤村の分身である三吉の実家と姉の婚家、この二つの旧家が零落してゆく過程を冷徹に描いた小説。
陰々滅々たる内容が藤村の読みづらい文章でつづられる。
特に幼い女の子が3人も立て続けに死ぬのは、事実だから仕方がないのだが読んでいて気が滅入る。
それでも読み終わるとさすがにずっしりとした感銘を受ける。
この小説は『夜明け前』の続編としても読めるので、作中の時間にして50年分の重みもある。
もう少し面白く書いてくれると助かるのだけれど。

映画『シュガーマン 奇跡に愛された男』2014年05月05日

70年代の初めに2枚のアルバムを発表したものの全く売れなかったアメリカの社会派シンガー・ソングライター、ロドリゲス。
ところがなぜか南アフリカでは大ヒット。
本国での不遇に絶望してステージ上で自殺したなどという伝説までまことしやかに語られている。
南アフリカの熱狂的な2人のファンが彼の消息を辿る過程を振り返るドキュメンタリー。

彼は生きていた。
異国での自らの名声も知らにずデトロイトで解体や建築の作業員として働いていた彼を1998年に南アフリカ公演に招聘するとスタジアム・クラスの6会場が完売、熱狂的に迎えられる。

これだけでも奇跡のような話だが、僕が感銘を受けたのはこの後だ。
帰国した彼はまた以前と変わらず作業員として働き続ける。
生活のための労働に神聖な意味を見出し、ブルーワーカーとして働くミュージシャン。
3人の娘からも敬愛されている。
寡黙でシャイな彼がちょっと背を丸めて歩く姿から、僕自身の目指すべき姿について大きなヒントをもらったような気がする。

彼の人柄とともに音楽にも勿論魅了された。
街角の現実を歌った歌詞と不穏な雰囲気をまといながらどこか叙情的な歌。
緊張感のあるアレンジもいい。
訳詞付きのCDが欲しい。

映画『サウンド・シティ -リアル・トゥ・リール』2014年05月03日

ロサンゼルスにあったサウンド・シティというスタジオ。
偶然が生んだ音響と、NEVEの名機コンソールを擁して70年代にはフリートウッドマックやリック・スプリングフィールドで一世を風靡する。
当時のミュージシャンやスタジオのスタッフのどこか牧歌的な証言からは、みんなでわいわいやりながら音楽を創ってゆく楽しさが伝わって来る。

しかし80年代に入ると音楽の世界にデジタル・テクノロジーが大々的に入ってくる。
そこで登場するのがソニー、三菱、ローランド、アカイといった日本メーカーだ。
時代に取り残されたサウンド・シティは存続の危機を迎えるが、90年代に入り、たまたまそこでレコーディングした無名バンド、ニルヴァーナのセンセーショナルなまでの成功で再び注目を集める。

しかしその後のPro Toolsの普及でミュージシャンはコンピューターさえあれば作品を作れるようになってしまった。
サウンド・シティはついにその歴史を閉じる。

それを惜しんだニルヴァーナの残党デイヴ・グロールがNEVEのコンソールを買い取って新しいスタジオを立ち上げ、ポール・マッカートニーを筆頭とする豪華ゲストを招いてレコーディングをするところがこの映画のクライマックスとなっている。

実に興味深いシーンの連続だった。
しかし外国のドキュメンタリー映画を見るときにいつも困るのだが、証言者がしゃべっている時に、その証言者の紹介字幕が英語のままなのでこちらは証言の日本語字幕を読みながら英語の字幕も読まなければならない。
これは非常に難しい。
最後まで誰が何者だか把握しきれなかった。

それにしても全編に流れるこのスタジオで録った音楽の耳に心地いいこと!
主にギターを主体とするロックサウンドなのだが、音の分離と混ざり具合のバランスが実に気持ちいい。
やはりデジタルよりもアナログ(テープ)録音の方が音はいいのだろう。
今現在アナログレコーディングは演奏力・録音技術力・そして資金力を要求される最高に贅沢な録音だといえる。
すべてが不足する僕は勿論デジタルレコーディングを続けるだろう。