新選組近藤勇陣屋跡2014年11月02日

近藤勇陣屋跡
今日の最後の目的地はお城ではなく、新選組近藤勇陣屋跡

鳥羽・伏見以来敗退を重ねた新選組はここ流山で再起を期した。
しかし有馬藤太率いる新政府軍に包囲され、観念した局長近藤勇は一旦は切腹を決意するが、副長土方歳三の進言を容れて変名の大久保大和として出頭することにする。
だが新政府軍に近藤の顔を知っている者がいたため身元が露見、板橋で斬首に処される。

近藤勇陣屋跡 丘の上にそびえる流山市役所の駐車場に車を停め、坂を下って大通りから往時のままの道幅と思われる路地に入ると真新しい土蔵風の建築が見える。
近藤が本陣として使用した土蔵を模した物だろう。

平成15年発行の『新選組紀行』中村彰彦[著]によるとここに廃屋同然の土蔵が建っていたということなので、その時点では当時のままの建物が残っていたのかも知れない。
現在では去年建てられた土蔵風建築の手前の展示スペースに礎石だけがわずかに残されている。

結果的にここが近藤・土方永遠の別離の地となった。

新選組人気は依然根強いものがあり、ここにもファンがひっきりなしに訪れる。

路地をさらに進むと墓地と閻魔堂があり、そこで昔の巡査みたいな扮装の男と新選組の制服を着た(コスプレをした?)女の子二人がファン相手に何やらやっている。
どうやら流山での新選組について説明しているらしい。
巡査姿の男は、
「観光協会の方々は史実を無視して流山の観光スポットに強引に結びつけようとするので困ります」
とボヤいていた。

新選組に斬られる巡査 その後女の子が剣舞を披露し、大河ドラマでも仕事している殺陣師につけてもらったという殺陣も見せてもらった。
女子高生のような新選組が巡査を斬るというシュールな見世物だったが、
「ちょっと待ってって言ってるのにぃぃぃ」
とか言いながら斬られる巡査男の斬られ方が特に上手かった。
芸能界にいた人だろうか。

路地を引き返していると、また二人の新選組姿の女性とすれ違った。
今度はややベテランだ。
「ありがとうございました」
と声をかけてくれた。
新選組は格好のコスプレ・ネタとして現代に息づいているようだ。

小金城2014年11月02日

小金城の障子堀
大谷口歴史公園 いよいよ高城氏の本拠・小金城(別称・大谷口城)だ。
ここは戦国期の下総きっての巨城だったらしいが、ご多聞にもれず宅地化のため遺構のほとんどが失われ、現在では馬場曲輪の一部が「大谷口歴史公園」として整備・保存されている。

畝堀 住宅地のはずれのこんもりした丘がその歴史公園だ。
階段を上ると虎口・土塁が残る曲輪に出る。

その曲輪の周りには北条氏得意の障子堀と畝堀があって、高城氏が戦国末期には北条氏の傘下に入っていたことがうかがえる。

遺構残存度3住宅地の中の畝堀・障子堀
歴史的重要度3高城氏下総支配の拠点
景観3樹木の隙間からわずかに眺望
案内充実度3松戸市は良くやってる

根木内城2014年11月02日

根木内城
3つ目は根木内城
実はこの城、仕事で足立区と柏を車で行ったり来たりしている間に目をつけていた。

根木内城址入り口 市川の国府台城から国道6号線を柏方面に走り、根木内の交差点で右折して県道57号線に入るとすぐに根木内歴史公園の駐車場があるのでそこに車を停める。
そこから国道に戻る方向に歩くと右手にアスファルトの坂があるのでそれを上る。
そこが根木内歴史公園の入り口だ。

入り口の手前に掲示板があって、縄張り図や航空写真などが掲示されている。
これはありがたい。

土橋 空堀にかかる土橋を渡って曲輪に入る。
芝生広場の周りを比較的明瞭な土塁が取り囲んでいる。
ここは城全体の南東の隅っこで、ここだけを残してあとは国道6号線と宅地化で消滅してしまった。
しかしこれだけでも良く残ってくれた。

曲輪 ここはすぐそばを国道が走っているとは思えないほど静かである。
ここから国道の向こう側までを俯瞰できれば、地形や区画などから元々の城域を推定できるかとも思ったが、樹木に遮られて眺望は得られなかった。

根木内城は戦国時代にこの地を治めた高城氏の城なのだが、小金城ができるまではここが本拠だったとする説と、小金城の支城だとする説とがあるようだ。

遺構残存度3国道敷設と宅地化の中でけなげに残る
歴史的重要度2詳しいことはわからず
景観2樹木に遮られて眺望なし
案内充実度3要所に適切な案内板

国府台城2014年11月02日

国府台城
続いて市川市の国府台城へ。

江戸川 車が江戸川に近付くと道は急勾配を下って川岸に突き当たる。
釣り客向けの駐車場に車を停めて河沿いに少し歩く。
川岸ぎりぎりまで緑が繁って、都会の中にあってそれなりに野趣を感じられる場所である。

小岩あたり その緑の丘が国府台城だ。
茂みの中のかなり長い階段を上る。
上りきって振り返ると茂みの隙間から対岸の小岩あたりの市街が見える。

土塁跡か? 現在里見公園となっている国府台城は明治期に陸軍の施設が置かれていた。
佐倉城でもそうだったが、軍の施設として使用されると“城”としてのリアリティが薄れてしまう。
公園に曲輪や土塁の跡らしき物はあるのだが、何の説明もないのではっきりしない。

太田道灌が最初に築いたという説もあり、北条と里見の2度にわたる「国府台合戦」の舞台となった城だけにもっと説明が欲しかった。

遺構残存度2どれが城の遺構か判然としない
歴史的重要度4国府台合戦の舞台
景観3江戸川対岸の眺望
案内充実度2現地解説が明らかに不足

花輪城2014年11月02日

花輪城
野田市の女房の実家に泊まりこんで、女房の兄貴を加えた3人で関東のお城をめぐる “城合宿”。
今回は近場を回るということで、まずは流山市内の花輪城へ。

堀の跡? 水道施設の近くに車を停めて花輪城址公園に向かって歩く。
公園を囲むように流れる小さな川が堀の跡のようにも見えるが、これははっきりしない。

空堀と土橋の跡 その川を渡り、茂みの中の階段を上って小さな丘の上に出る。
このほんの小さな削平地が現在残るこの城の全てだ。
空堀と土橋の跡がわずかに認められる。
樹木が茂って眺望がきかないのが残念だ。

城跡の一部? この城は、戦国期にこの辺り一帯を支配した高木氏に属する城だったらしい。

公園北側の住宅地が台地状になっていて城跡の一部のように見えたが、確かめる術はなかった。

遺構残存度2猫の額
歴史的重要度2詳しいことはわかってないらしい
眺望2樹木に遮られて眺望がきかない
案内充実度3現地の測量図が重宝