隅田公園の夜桜2014年04月01日


『夏草冬濤』井上靖[著](新潮文庫)2014年03月20日

『しろばんば』の続編。
これも実家の本棚から持って来た。

繊細で思慮深い小学生だった洪作少年が、粗野で浅はかな中学生として我々の前に現れて困惑する。

『しろばんば』では洪作少年の目を通して描かれる大人の複雑な人間関係と、伊豆の四季のなかでの人々の営みの描写が文学的なレベルを大いに上げていたのだが、こちらで描かれるのはほとんどが洪作の軽率な行動が引き起こす小事件ばかりで、前作にあった詩情や感動といったものはほとんど失われている。

後半になって1学年上の不良がかった文学少年達と交わるようになる。
個性的で才気走った彼らに触れて洪作はほとんど初めて文学というものの存在を知る。
そして彼らと旅に出た洪作が文学的な何かの存在を直観するところで小説は終わる。
ここの描写には迫力があり、だらだらといった感じで続いた小説ではあったが、読後感は思いのほか明るいものだった。

真壁城2014年03月08日

真壁城
桜川市歴史資料館 小田城から車で約1時間、桜川市立歴史資料館へ。
ここは江戸時代に陣屋が置かれた場所だ。
地図や縄張り図のパンフレット類が豊富でありがたい。

真壁の町並み その後重要伝統的建造物群保存地区に指定されている真壁の町を散策。
江戸時代そのままのヒューマンスケールの町割りに登録文化財の旧い家屋が点在している。
修復中の旧家屋も多く見られた。
川越に比べると規模は小さいが、交通量が少ないのでゆっくり散策できる。
新しい家屋にも外観の統一感を持たせることができれば魅力的な観光地になり得る可能性を秘めている。

本丸跡 再び車で真壁城を目指す。
少々迷った末に本丸跡に建つ体育館の駐車場に到着。
早速見学を始める。
茨城県では城跡の整備がブームなのかここも整備工事中だったが、小田城と違ってこちらは土曜日の工事はお休みで自由に見学もできる。

堀の跡 筑波山の北麓に荒涼たる城跡が広がっている。
体育館とトレーニングセンターが建ってしまった本丸を出て、葦の茂る堀の跡を土橋で渡る。
そこから先は整備がかなり進んでいる。
堀やかなり高い土塁が明瞭に整備・復元されている。
リアリティもある。

真壁城と筑波山 残念なのは整備工事中ということで説明版の類が皆無だったことだ。
歴史資料館で入手したパンフで縄張りはある程度わかっても、細かい説明はやはりほしいところだ。
来年あたり小田城と一緒に再訪したい。

城を離れ、北の砦跡だという五味田集落へ行ってみたが遺構らしき物は見当たらなかった。
ただ田中川という小さな川に沿って小さな家屋が立ち並ぶそれなりに雰囲気のある集落だった。

土塁の跡 真壁城は平安末期からこの地を治めた真壁氏の城。
戦国期の当主・真壁久幹(ひさもと)によって現在見る形に整備・拡張された。
この久幹という男、法名を道無という。
肖像画を見るとはげ頭にひげ面で床机に腰掛け、刀は背後の松の木に立てかけ、足元には叩き割られた陶器が木槌とともに散らばっている。
相当にクセのある人物だったと見える。

関が原の後は佐竹氏の家臣として秋田角館へ移り、真壁城は廃城となった。

遺構残存度4本丸の体育館がなければ満点か
歴史的重要度2マイナー武将独立の城
景観4古城と筑波山の対比に乾いた味わい
案内充実度3工事中で現地案内板は皆無

小田城2014年03月08日

小田城
戦国期、上杉・佐竹・北条らの間をついたり離れたりして生き残りを図った小田氏治。
しかし結局のところ2度落城の憂き目を見た小田城は現在整備工事中で曲輪の中には立ち入れなかった。
土塁を登って曲輪の中を見ると、土曜日だというのに工事車両が何台も入って作業に余念がない。
作業中の皆さんに心の中で「やり過ぎないでね」とお願いし、他日の再訪を期して立ち去った。

その時フェンスに掲げてある「工事のお知らせ」を見ると工期は平成26年3月20日となっている。
あと12日!
なるほど土曜日返上もいたし方ないようだ。

逆井城2014年03月08日

逆井城
逆井城 冬枯れの田園地帯の中に忽然として現れた渋い色調の二層櫓。
逆井(さかさい)城だ。
車を駐車場に停めて冠木門をくぐる。

空堀 各曲輪をはじめ、屈曲した堀や土塁が良好に残存し、復元した櫓もきちんと考証した物らしくリアリティが感じられる。
曲輪がそれぞれゲートボール場になってはいたが、そのために遺構を破壊したわけでもなさそうだ。 整備もやり過ぎていないのが好ましい。

二層櫓からの眺望 二層櫓に上ってみると意外と眺望は余り良くなかったが(筑波山も見えない)、場内の配置は確認できた。

かつての沼の跡 現在城の周りは田園地帯となっているが、当時はこれが全て沼だった。
土地の高低差からそれも良くわかる。

この城の歴史について詳しいことは良くわかっていないようだ。
戦国末期逆井氏の居城であったが、北条氏に攻め落とされ、以後北条氏の北関東進出の拠点となったということは確からしい。

遺構残存度5やり過ぎない整備とリアリティある模擬建築
歴史的重要度2今後の研究に期待
景観3荒涼たる関東平野
案内充実度3現地にパンフレット的な物がほしい