龍馬脱藩・ゆかりの道 誕生地~朝倉駅2007年12月31日

鏡川 画像
午前9時に羽田を出発したJAL機は折からの強風にあおられて大揺れに揺れながらも何とか無事に高知龍馬空港に到着した。
空港名から明らかなように坂本龍馬を生んだ土地であり、僕の故郷でもある。
これから帰省の度に龍馬が脱藩した道を少しづつ辿ってみようと思う。
とはいってもその道は正確に特定されている訳ではないので、関連市町村協議会というところが出している「龍馬脱藩・ゆかりの道」というパンフレットに沿って歩くことにする。

坂本龍馬誕生地 画像 帯屋町で昼食を取った後、かつて長渕剛や浜田省吾を見に来た県民文化ホールを左手に、高知城を右手に見ながら国道33号線を西に進むと左手に巨大な碑が現れる。
これが「坂本龍馬誕生地」だ。
その裏手の旧水通町には町名の由来となった用水路が流れている。
そしてその水の流れる風景に調和するような和風の意匠をこらした「龍馬の生まれたまち記念館」がある。
ここの展示内容は文献的に証明されていない事柄をも含むことをあらかじめ断った上で、子供たちが関心を持ちやすいようにアニメやミニチュアで龍馬の生い立ちから脱藩までを紹介している。
だが・・・・、今日に限っては眠い。
ゆうべ3時間しか眠ってないのだ。

近藤長次郎邸跡 画像 「そういえば、今高知にいる人でゆうべの桑田佳佑のライブを見た人は何人いるのだろう?もしかして僕ら夫婦だけでは!?」
などとどうでもいいことを考えながら、「近藤長次郎邸跡」へ。
龍馬の手紙にも「水道横町の長次郎」として登場するが、龍馬生家との近さから見ても幼友達であっただろうと思われる。
3つ年上の龍馬を慕って神戸海軍操練所、亀山社中と行動を共にしながら、単独での英国留学計画が同志に露顕してその責めを負って自刃した。
大きな夢が目前で絶たれた無念はいかばかりか。
しかし裏切り者が腹を切る図式は思想的には対極にあるはずの新選組と変わらないのはどういうことか。

才谷屋跡 画像 現在は喫茶店が建っている坂本家の本家にあたる「才谷屋跡」、そして龍馬が通った「日根野道場跡」を過ぎると今日のコースに龍馬関係の史跡はない。
にもかかわらず龍馬の名は街のいたるところで見ることができる。
「龍馬空港」はもとより、「龍馬観光」「龍馬ホテル」「龍馬オフィスサポート」「龍馬看護ふくし専門学校」。
セメント工場の外壁にもなぜか龍馬のイラストが・・・・。
千葉県出身の女房が言い難そうに言う。
「高知って龍馬に寄りかかり過ぎじゃない?」

わがふるさと高知県の皆さん、あなた方が坂本龍馬を誇りに思うのは素晴らしいことだと思います。
だけどそれと自分の施設や会社に龍馬の名前を拝借するのは分けて考えて頂けませんか。
それが県外人の目にどのように映るかちょっとだけ考えてみてはいかがでしょう。
リバプールに「ジョン・レノン空港」はあっても「ジョン・レノン・オフィスサポート」や「ジョン・レノン看護ふくし専門学校」はないと思います。
もし、あったとしたらどう思いますか?

コメント

_ toweringpowder394.jimdo.com ― 2017年08月01日 18時59分18秒

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