中山道<第29日>須原~野尻~(十二兼駅)2010年05月28日

田園風景の中を行く旧中山道
塩尻で乗り換えた各駅停車中津川行きが須原に着く。
このワンマン列車は先頭車両の一番前のドアからしか降りられないので娘の手を引いて車内を移動する。
すると1歳3ヶ月の娘は左右の客席の山歩き客と思しきおじいちゃん、おばあちゃんに手を振っては愛嬌を振りまいて人気者に。

須原宿の水舟 12:40PM、須原駅を出て静かな静かな須原宿を歩き始める。
至る所に丸太をくり抜いて水をためた“水舟”が置かれ、縦横にめぐらされた用水路も絶え間なく水音を立てている。
湧き水の豊富な宿場である。
旧い家屋も残っている。
そして振り返れば彼方に中央アルプス。

定勝寺木曽路きっての名刹定勝寺をちょこっと見物してから街道に戻り、すぐに右折する。
ここは下り坂で、道の真ん中を用水路が流れる昔ながらの景観が残っていると聞いていたのだが、生憎現在その水路の工事中で、風情を味わうという訳にはいかなかった。

岩出観音堂 宿場を出てしばらく歩き、やがて“木曽の清水寺”として名高い岩出観音堂を見る。
山の斜面に高い舞台を備えたその姿はなるほど本家を思い起こさせる。
しかしそのまん前の注文建築住宅は余りにもそぐわない。

さて、ここまでずっと基本的には木曽川沿いを通ってきた中山道はこの先約2kmに渡って山の裏側を迂回する。
これは木曽川沿いの道が余りにも危険なのでこちらに付け替えられたものと思われる。
アルプスのような風景 青空の下、青い苗が整然と並ぶ水田を右手に見ながら歩く。
やがて左手にはなだらかな丘陵が広がり民家が点在する。
「なんかアルプスみたい」
女房の言葉もまんざら冗談ではない。
心なごむ道だった。

国道から振り返って見た中央アルプス その後旧中山道は国道19号線に合流する。
大型車両行き交う中、時々思い出して後方を振り返るとまだ雪をわずかに残した中央アルプスを拝むことができる。
そして2:30PM、道の駅大桑に辿り着く。
ここで娘の昼食とオムツ替え。
街道歩きをしていて道の駅に行き当たるとホッとするものがある。
勿論車に乗ってる人向けの施設なのだが、それでも通りすがりに立ち寄るという点では変わらない。
そこで飲食やトイレなどが済ませられるのは本当に助かる。
街道時代の立場はこんな感じだったのかも知れない。

野尻宿 3:30PMに再出発してすぐに国道を右にそれ、30分程で野尻宿に入る。
宿場の入口付近ですれ違った自転車の女の子は「こんにちは」と声をかけてくれた。
ここに限らず木曽路では道で会った子供が本当に良く挨拶してくれる。
宿場町としての遺風がこんなところに現れているのだろうか。

野尻宿 野尻宿に旧い建物は余り残されてはいないのだが、道幅の狭さ、道のうねり具合、民家の佇まいに宿場風情をほのかに漂わせている。
本陣跡は確認できなかったが、もし明治天皇御小休所がそうなら現在は宗教団体の集会所だ。
こういう旧宿場町には珍しく、ちょっと寄ってみたいと思うような喫茶店もあったのだが、今日は5:20PM頃までに約3km先の十二兼駅まで行きたいのでそのまま通り過ぎた。

十二兼集落 野尻宿を出たあたりで男の子が声をかけて来た。
「どこまで行くの?」
「十二兼」
「遠い!」
それでも1時間足らずで立場があったという十二兼集落に達し、坂を下って国道と交差する。
地図で見るとこの国道と並行する線路も一気に横断して反対側に出るらしいのだが線路に踏み切りはなく、金網のフェンスで仕切られている。
やむを得ず線路のこちら側の国道を歩き、今日のゴール、十二兼駅に到着。
何とか予定通りの列車に乗って宿をとってある木曽福島へ。