白河小峰城2016年10月08日

車を「城山公園」の駐車場に停める。

目の前は白河駅。

まさに「駅前の城」だ。



駐車場から二之丸跡へ。

二の丸の空堀跡
きれいな芝生広場に空堀の跡。

小2の娘が下りて遊びたがるのを止めながら歩く。

石垣
本丸側を見上げると見事な石垣。

崩落した石垣
しかし所々が東日本大震災による崩落の復旧作業の途上にあるのが痛々しい。

立ち入りできる場所も大幅に制限されている。



本丸へ向かう
工事用のフェンスの前を歩いて清水門を入り、本丸へ向かう。

桜門跡
本丸入り口の桜門は左右を石垣でがっちりと固められている。

復元の太田金山城あたりとはやはり重厚感とリアリティが全然違う。



本丸へ
石段の向こうに三重櫓が見えてきていよいよ本丸へ。

多聞櫓跡
本丸南面の多聞櫓跡に上って今来た方角を見下ろすと、

清水門跡
清水門が工事用フェンスで分断されていることがよくわかる。

正直さっきは門だと気付かなかった。



三重櫓と前御門
本丸の東辺には前御門、東北角には三重櫓。

どちらも戊辰戦争で消失したのを近年、木造で忠実に復元した物だ。

三重櫓内部
その三重櫓に入って見る。

先日の甲府城と同様、料金は取られない。

ただしこちらにはあの有難い縄張り図付きパンフのような物は一切ない。



土塁
連子窓からは本丸北側の土塁などが辛うじて見える。



またこの三重櫓を再建する際、戊辰戦争の激戦地であった稲荷山の杉の大木を用材として使用したところ、いくつかの弾痕が見つかった。

弾痕
それをそのまま使用しているので、内部にその痕跡を見ることができる。



白河小峰城
都市部の平城としては遺構の良く残ったお城だったが、事前に縄張り図を用意しなかったので表面的な見学(というか観光)に終始してしまった。



白河小峰城は寛永4年(1627)に幕府が丹羽長重に奥州の押さえとして築かせた。

仮想敵国として念頭にあったのは仙台の伊達だろうか。

その後城主は入れ替わり立ち代りして迎えた幕末の戊辰戦争。

東北諸藩の奥羽越列藩同盟軍3千が守る小峰城を新政府軍700が包囲する。

城を攻めるには相手の倍以上の戦力が必要とされるというような話をよく聞くが、ここでは城方の方が寄せ手の4倍以上の戦力を擁している。

にもかかわらずこの城は落ちてしまった。

同盟軍の総督は会津藩家老の西郷頼母。

彼には実戦経験がなく、いわば素人だ。

対する新政府軍は北関東を転戦して来ている。

そんな歴戦の雄が最新式の武器を擁して奇襲をしかけると、数に驕って緊張感を欠いていた同盟軍はなす術もなく崩れてしまった。

この戦いが実質的に戊辰戦争の帰趨を決めたのである。



遺構残存度4見事な石垣と真面目な復元櫓
歴史的重要度4戊辰戦争の帰趨を決める戦い
景観3本丸からの眺め
案内充実度3見る側での準備が必要

小諸城2016年10月30日

小諸城は現在「懐古園」という庭園のような扱いになっている。

まずその懐古園の駐車場に車を置く。

駐車料金500円だ。

そこから順路を行くと三の門の内側に出る。

門の外側に出てみると目の前は道路と線路でふさがれていて、地下道が通っている。

大手門公園
その地下道をくぐって表に出ると駅前広場の向こうに大手門が「大手門公園」として残っている。

その大手門から城に入り直すことにする。



大手門
大手門は城下町よりも低い場所にある。

街道からは石段を降りて入る格好になる。

建物内部に入れるようになっているので入って見る。

大手門内部
内部は資料室になっていて、この城が城下町よりも低い場所に造られた全国的にも珍しい「穴城」であることが紹介されていた。



三の丸跡
大手門から城内に入ると右手の駐車場が三の丸の跡だ。

この駐車場は無料なので、これから小諸城を訪れる方にはこちらがお勧めだ。

動線的にも無駄が無い。



三之門
さっきの地下道を反対向きにくぐって三の門の前に出る。

この門はさらに低い場所にある。

ここから先に進むには入場券を買う必要がある。

資料館である「懐古館」や「藤村記念館」など4施設とセットになった入場券を500円で買ってまず懐古館に入ってみた。

そこでは展示よりも300円で売っている「小諸城全図」が重要だ。

気の利いた城なら無料で配っていたりする縄張り図だが、有料でも現地で確実に入手できるのはありがたい。



縄張り図を手にお城を散策する。

城内
どうやらここは紅葉の名所らしく、今日は紅葉狩りの客でいっぱいだ。



二の門跡
石垣で固められた枡形を形成する二の門跡を通ると両側は2m以上にかさ上げされた削平地が連なっている。

二の丸付近
というよりも今歩いている道が空堀らしい。

空堀が通路で、各曲輪へは階段を上って入る構造だ。

空堀
また、その曲輪の背後の空堀は予想外に深い谷のようだった。



本丸は例によって神社になっていて興をそがれる。

本丸の石垣
その神社の背後にそびえる2mほどの石垣の上に登る石段があるので、何気なく登って見る。

すると反対側(本丸の外側)はその3倍はあろうかという高さで思わず足がすくむ。

複雑な地形を活かした巧みな防御と言えよう。



天守台への通路
この石垣の上は天守台への通路となっているのでそっちに向かって歩いて見る。

天守台
ここにかつては金箔瓦葺きの天守が上がっていた。



千曲川
天守台を下りてかつての不用門にあたる水の手展望台に行くと、ここは崖の端になっていて千曲川が見下ろせる。



小諸城は大井氏の館を武田氏が大改修した。

縄張りは山本勘助と伝わるが、史料的な裏付けはない。

その後滝川→北条→松平→仙石と入れ替わって第2次上田合戦を迎える。

この時徳川秀忠軍は小諸城に布陣している。

さらに徳川→松平→青山→酒井→西尾→石川→牧野と続いて明治維新を迎える。

廃藩置県後は官軍小隊長・乃木稀典に引き渡されて廃城となった。



遺構残存度4石垣と空堀のスケール大
歴史的重要度3秀忠布陣の城
景観4紅葉の名所
案内充実度3300円の縄張り図。現地の説明は淡白