映画『シュガーマン 奇跡に愛された男』2014年05月05日

70年代の初めに2枚のアルバムを発表したものの全く売れなかったアメリカの社会派シンガー・ソングライター、ロドリゲス。
ところがなぜか南アフリカでは大ヒット。
本国での不遇に絶望してステージ上で自殺したなどという伝説までまことしやかに語られている。
南アフリカの熱狂的な2人のファンが彼の消息を辿る過程を振り返るドキュメンタリー。

彼は生きていた。
異国での自らの名声も知らにずデトロイトで解体や建築の作業員として働いていた彼を1998年に南アフリカ公演に招聘するとスタジアム・クラスの6会場が完売、熱狂的に迎えられる。

これだけでも奇跡のような話だが、僕が感銘を受けたのはこの後だ。
帰国した彼はまた以前と変わらず作業員として働き続ける。
生活のための労働に神聖な意味を見出し、ブルーワーカーとして働くミュージシャン。
3人の娘からも敬愛されている。
寡黙でシャイな彼がちょっと背を丸めて歩く姿から、僕自身の目指すべき姿について大きなヒントをもらったような気がする。

彼の人柄とともに音楽にも勿論魅了された。
街角の現実を歌った歌詞と不穏な雰囲気をまといながらどこか叙情的な歌。
緊張感のあるアレンジもいい。
訳詞付きのCDが欲しい。

映画『サウンド・シティ -リアル・トゥ・リール』2014年05月03日

ロサンゼルスにあったサウンド・シティというスタジオ。
偶然が生んだ音響と、NEVEの名機コンソールを擁して70年代にはフリートウッドマックやリック・スプリングフィールドで一世を風靡する。
当時のミュージシャンやスタジオのスタッフのどこか牧歌的な証言からは、みんなでわいわいやりながら音楽を創ってゆく楽しさが伝わって来る。

しかし80年代に入ると音楽の世界にデジタル・テクノロジーが大々的に入ってくる。
そこで登場するのがソニー、三菱、ローランド、アカイといった日本メーカーだ。
時代に取り残されたサウンド・シティは存続の危機を迎えるが、90年代に入り、たまたまそこでレコーディングした無名バンド、ニルヴァーナのセンセーショナルなまでの成功で再び注目を集める。

しかしその後のPro Toolsの普及でミュージシャンはコンピューターさえあれば作品を作れるようになってしまった。
サウンド・シティはついにその歴史を閉じる。

それを惜しんだニルヴァーナの残党デイヴ・グロールがNEVEのコンソールを買い取って新しいスタジオを立ち上げ、ポール・マッカートニーを筆頭とする豪華ゲストを招いてレコーディングをするところがこの映画のクライマックスとなっている。

実に興味深いシーンの連続だった。
しかし外国のドキュメンタリー映画を見るときにいつも困るのだが、証言者がしゃべっている時に、その証言者の紹介字幕が英語のままなのでこちらは証言の日本語字幕を読みながら英語の字幕も読まなければならない。
これは非常に難しい。
最後まで誰が何者だか把握しきれなかった。

それにしても全編に流れるこのスタジオで録った音楽の耳に心地いいこと!
主にギターを主体とするロックサウンドなのだが、音の分離と混ざり具合のバランスが実に気持ちいい。
やはりデジタルよりもアナログ(テープ)録音の方が音はいいのだろう。
今現在アナログレコーディングは演奏力・録音技術力・そして資金力を要求される最高に贅沢な録音だといえる。
すべてが不足する僕は勿論デジタルレコーディングを続けるだろう。

映画『プリンセス・トヨトミ』2013年11月03日

万城目学の傑作小説の映画化。
大した読書量ではないが、ここ10年に読んだ中で5本の指に入るほど好きな小説だけに映画化には物足りなさがどうしてもつきまとう。

まず主役堤真一の役作りがややマンガチックで、怜悧な松平がアイスに目がないというようなギャップのおかしさが薄れている。

大阪国の総理大臣は中井貴一。
本物の総理役でも違和感のない中井ではお好み焼き屋のオッチャンが大阪国の総理をやっているというギャップも出にくい。
ただしクライマックスの対決シーンで大阪国の存在意義について語るところは説得力充分だ。

松平が大阪出身の父親との確執から死に目にも敢えて会わなかったというエピソードはこの対決の前に出しておくべきだ。
そうすることで父親が大阪国のことを松平に伝えようとしていたことを観客は松平と同時に知ることができ、クライマックスがより感動的になったはずだ。
実際原作ではそうだった。

全体的にコメディー風味が足りず、弾んだ感じにならない。
これは原作でコメディーリリーフを担っていた間抜け男の鳥居を綾瀬はるかにやらせたせいもあるのかも知れない。
2011年のこの映画を見て、現在放送中の大河ドラマ『八重の桜』の彼女の演技は想像しにくい。

映画『ステキな金縛り』2013年06月02日

僕が今までに観た三谷幸喜監督作では第1作の『ラヂオの時間』が最も面白く、近年の『THE 有頂天ホテル』や『ザ・マジックアワー』ではやや大味な印象を持っていた。
しかし今作では奇想天外なアイデアとともにかつての緻密さを取り戻し(特に小道具の使い方が見事)、さらにかつては余り感じられなかった滋味というものが加わっていて所々でホロリとさせられる。
内容豊かな娯楽映画だ。
新たな代表作と言っていいのではないだろうか。

殺人事件の容疑者が、「犯行時刻には旅館の部屋で落ち武者の幽霊にのしかかられて金縛りにあっていた」と主張する。
深津絵里の弁護士が同じ部屋でその幽霊(西田敏行)と出くわし、アリバイを証明するため法廷に引っ張り出したことから起こる珍妙な法廷劇。

中井貴一の検事に幽霊を証人として認めさせる過程、そしてその検事が幽霊の証言の信用性を法律家として突き崩すところ(ここが一番面白い)、裏切り者として処刑された幽霊の名誉回復、さらに10歳の時に亡くなった深津絵里の父親への思慕などを手際よく絡ませながら物語を進める脚本が見事。

幽霊を見ることができる者の条件や、幽霊はこの世の物に触れることはできないが、息を吹きかけることはできるなどの法則をつけて荒唐無稽な話に一応の筋が通るようにもしてある。

深津絵里は女性的な魅力を封印して冴えない弁護士になりきっていて見事だが後半やや悪ノリの感も。
最後に霊として登場した深津絵里の父親役の草薙剛に父親としての魅力がまるで感じられなくてガッカリ。
いっそ顔は出さないで通したほうが良かったのでは。

映画『桜田門外の変』2013年05月31日

当然あの襲撃がクライマックスに来るだろうと思っていたら、あっという間に万延元年3月3日の朝が来る。
有村次左衛門が井伊直弼の首を獲ったのは始まってからまだ36分のことだった。

こちらの当惑をよそにその後映画は襲撃犯が逃亡の末に行き場を失って次々に処刑されるまでを延々と描く。
そこに桜田門外の変に至る過程を回想シーンのように挟むのだが、ここは普通に時間軸に沿って見せてくれた方が襲撃の緊迫感やカタルシスが得られて盛り上がったのではないだろうか。

演出のタッチは良く言えば正統派、悪く言えば古色蒼然。
時代劇ファンの中高年を意識したと思われる。

また「直弼はそれほど悪人ではなく、水戸斉昭はそれほど頑迷ではない」という描き方ではそれぞれの個性が見えにくくて面白味がない。
彦根や水戸に気を使ったのだろうか?