東洋大学軽音FreewayOBOG会2017年12月14日

12月9日の土曜日に大学時代に所属していたサークルのOBOG会が北浦和のライブハウス「エアーズ」でありました。

その会に当時組んでいた「ばしゃ山工務店」というバンドを30数年振りに再結成して出演しました。

ギターの同級生西氏は鹿児島から10:40AM羽田着の飛行機で上京、その足で12:00PMから1時間だけ予約している会場隣接のスタジオで音合わせして2:00PMからステージという綱渡り的なスケジュールを完遂しました。

そのステージの動画です。





忘年会ライブ2016年12月23日

先日の12月10日土曜日に東洋大学軽音楽部FreewayのOBが集まる忘年会ライブが、武蔵小金井SOLIDでありました。

僕も一人で演奏しました。

その時の動画です。









向島純情楽団ライブ@荻窪ルースター2016年04月20日

4月16日に行ったライブの動画です。





映画『シュガーマン 奇跡に愛された男』2014年05月05日

70年代の初めに2枚のアルバムを発表したものの全く売れなかったアメリカの社会派シンガー・ソングライター、ロドリゲス。
ところがなぜか南アフリカでは大ヒット。
本国での不遇に絶望してステージ上で自殺したなどという伝説までまことしやかに語られている。
南アフリカの熱狂的な2人のファンが彼の消息を辿る過程を振り返るドキュメンタリー。

彼は生きていた。
異国での自らの名声も知らにずデトロイトで解体や建築の作業員として働いていた彼を1998年に南アフリカ公演に招聘するとスタジアム・クラスの6会場が完売、熱狂的に迎えられる。

これだけでも奇跡のような話だが、僕が感銘を受けたのはこの後だ。
帰国した彼はまた以前と変わらず作業員として働き続ける。
生活のための労働に神聖な意味を見出し、ブルーワーカーとして働くミュージシャン。
3人の娘からも敬愛されている。
寡黙でシャイな彼がちょっと背を丸めて歩く姿から、僕自身の目指すべき姿について大きなヒントをもらったような気がする。

彼の人柄とともに音楽にも勿論魅了された。
街角の現実を歌った歌詞と不穏な雰囲気をまといながらどこか叙情的な歌。
緊張感のあるアレンジもいい。
訳詞付きのCDが欲しい。

映画『サウンド・シティ -リアル・トゥ・リール』2014年05月03日

ロサンゼルスにあったサウンド・シティというスタジオ。
偶然が生んだ音響と、NEVEの名機コンソールを擁して70年代にはフリートウッドマックやリック・スプリングフィールドで一世を風靡する。
当時のミュージシャンやスタジオのスタッフのどこか牧歌的な証言からは、みんなでわいわいやりながら音楽を創ってゆく楽しさが伝わって来る。

しかし80年代に入ると音楽の世界にデジタル・テクノロジーが大々的に入ってくる。
そこで登場するのがソニー、三菱、ローランド、アカイといった日本メーカーだ。
時代に取り残されたサウンド・シティは存続の危機を迎えるが、90年代に入り、たまたまそこでレコーディングした無名バンド、ニルヴァーナのセンセーショナルなまでの成功で再び注目を集める。

しかしその後のPro Toolsの普及でミュージシャンはコンピューターさえあれば作品を作れるようになってしまった。
サウンド・シティはついにその歴史を閉じる。

それを惜しんだニルヴァーナの残党デイヴ・グロールがNEVEのコンソールを買い取って新しいスタジオを立ち上げ、ポール・マッカートニーを筆頭とする豪華ゲストを招いてレコーディングをするところがこの映画のクライマックスとなっている。

実に興味深いシーンの連続だった。
しかし外国のドキュメンタリー映画を見るときにいつも困るのだが、証言者がしゃべっている時に、その証言者の紹介字幕が英語のままなのでこちらは証言の日本語字幕を読みながら英語の字幕も読まなければならない。
これは非常に難しい。
最後まで誰が何者だか把握しきれなかった。

それにしても全編に流れるこのスタジオで録った音楽の耳に心地いいこと!
主にギターを主体とするロックサウンドなのだが、音の分離と混ざり具合のバランスが実に気持ちいい。
やはりデジタルよりもアナログ(テープ)録音の方が音はいいのだろう。
今現在アナログレコーディングは演奏力・録音技術力・そして資金力を要求される最高に贅沢な録音だといえる。
すべてが不足する僕は勿論デジタルレコーディングを続けるだろう。